建築計画研究所 都市梱包工房

ARCHITECTURE DESIGN & CITY PLANNING OFFICE

 


 

 
第43話  エーゲ海の鳩小屋
 
 


 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
人間の造る住まいを建築と呼び、昆虫や動物が自ら造る住まいを巣と呼ぶ。建築と巣の違いは一体何処にあるのだろうか。
 
造られたものの材料、工法、構造、大きさ等に違いが求められそうですが、都市の巨大ビルは別格として、人や動物のすむ空間に限って見ればさほど大きな差違はないように思える。
 
例えば材料、人も動物も木材や土、藁などの自然材を使うし、その構造、工法だって蜂の巣のように人間の住まい顔負けの巧妙で完成度の高いものもある。大きさにしても、アフリカ、サバンナのシロアリの巣のように人の背を遥かに越える大きな構築物、いや巣がある。清流の王者ビバーに至ってはホークリストもトラックも使わないで川を堰とめ、木々を運び家族の為に大きな小屋ならず巣を造る。
 
前置きが長くなったが、今回は動物小屋の話です。それもギリシャのエーゲ海に浮かぶ島の鳩小屋、鳩が自ら築いた巣ではなくて、人間が集落内に築いた大きな鳩小屋の話だ。
 
エーゲ海のほぼ真ん中、輪のように拡がる島群がある。キクラデス諸島と呼び40近い島で構成されている。紀元前3千年も前にすでに人々が住み、永い間エーゲ海の商業や宗教の中心地となって来た島々である。
 
コバルトブルーの海に真白い建築群、ギリシャ正教会のユニークな天蓋(ドーム)、色鮮やかな窓飾り等が島々の特長でキクラデス様式とまで言われている。鳩小屋のある島ティノス島は、それらのキクラデス諸島の北端にあり、他の島が観光シーズンは多くの人で賑わうに比べ、比較的静かな農業と漁業の島である。
 
海が鏡のように輝く5月の半ば、豪華ヨットが停泊する港を横目に、今にも壊れそうなバスに乗り込み島の奥へと向かった。客は数人の島人と私だけ、道は島の丘陵地に毀れるような坂道。辺りに瓦礫と、岩肌混じりの痩せた畑地が拡がる。作物と言えば、オリーブの老木の下に強い日射しを避けて、サボテンのような野菜が時々見られる程度、厳しい耕作地の光景となっている。
バスは悲鳴にも似た音を立て、黒い煙りを噴き斜面を登る。思わず来た道を振り返ると、眼下にすみれ色に輝くエーゲ海の海。あまりに対照的な風景に声もでない。
 
車中島人の強い視線に曝されながら、1時間ほど走ったか、奇妙な白い塔の建つ集落に出た。あの建物は何にかと、興奮して村びとに訪ねてみた。もちろん言葉が通じる訳ではないが、私の指先の方向を見て皆笑いながら、そして手を羽ばたくようにする。
 
何かを伝えようにしているのだろうが意味が分らない。この目で確かめるためバスを降り、塔を目指して荒れ地を駆け上がった。塔は段々状の畑地にスキット建っていた。一棟だけ単独に建つ棟も在れば、他の建築と繋がって建つ棟もある。縦、横3~4m程、高さ6m位、石の破片を積み上げ、屋根の四隅に突起を着けている。
 
その姿が動物の耳のようにも見える。漆喰塗された壁面の一面に無数の穴と小さな庇が幾何学状に着いていた。人間の住む住居の窓にしては小さすぎる。第一窓の並びや形がシャープで生活感がしない。その姿がなにか地球外の建築を思わせた。
 
しばらく観察をしていると穴の中に出入りする生き物を見た。鳩である。やっとバスの中での村人の手の羽ばたきのジェスチャーが理解出来た。鳩はつがいで行動する。そして帰巣本能が強く、必ず基の場所に帰るという。そうした鳩の愛らしい習性がギリシャ本土より離れて住む、島人に好まれ、何時の間にかこうし地球外建築のような、不思議な形の巣ならず建築となったのだろう。
 
平和の象徴としての鳩も作物が不作の時は、人々の食料にもなっていたらしい。ティノス島の鳩小屋は外形は道具を使い、人間が鳩を思い築いた建築である。鳩はその場を借りて内部に草や小枝を集め柔らかい巣をつくる。それはけして外形のように丸や三角、直線等の幾何学的な構造ではない。内部の巣と外部の形は矛盾した関係にある。その矛盾した思いが形となってこの不思議な形を生み出したのだろう。
 
考えて見ると小鳥や昆虫、動物達の造る住まいは近場の素材で、皆各々の身体に合せた自由な形をしている。人間が造る建築だけが道具を用い、新しい素材を使い、幾何学的な形になっているのだ。その違いが巣と建築の大きな違いなのだろう。いくら鳩の思いになって巣を築いてあげても、それはやはり人間が築いた鳩の建築であり、鳩の巣とは呼べないのだろう。そうした意味ではチュノス島のこの鳩小屋は人間と鳩の合作とも見える。
 


 
 
 

 
 

   

 

 

 


■LINK  ■SITE MAP  ■CONTACT
〒151-0053
東京都渋谷区代々木3-2-7-203
tel : 03-3374-7077
fax: 03-3374-7099
email: toshikon@eos.ocn.ne.jp