建築計画研究所 都市梱包工房

ARCHITECTURE DESIGN & CITY PLANNING OFFICE

 


 

 
第59話  紅河デルタの集落と民家
 


 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
  
暗闇の中を自転車が走る。バイクが音をたてる。凄まじい数の自転車の群れ。その後ろや前に、山ほどの野菜や果物を乗せたリヤカーが付けられていた。まだハノイの街は寝静まっている時間なのに‥‥‥
 
向かう先は紅河に架かるロンビエン橋のたもと。そこには既に裸電球の下、多くの人々が陣を取り朝市が開かれていた。その市を求めて各地から人が集まって来る。やがて橋のたもとは身動きが取れない程の人と物でうめ尽くされ、陽が登る頃には潮がひくように人陰も疎らになり、朝市は終わるのである。
 
この活き活きとした人々の活気が、ベトナムの今日の繁栄を支えているのだろう。この橋のたもとの市には、紅河数百キロも上流のデルタ農地から、山岳地から、様々な農産物が集まって来ると言われる。
 
数百キロと言えばもうそこは中国との国境地帯だ。ハノイはそうした紅河デルタ流域地域と、密接な関係を保ちながら発達してきた。1000年の古都、アジアの中でも古くから文化が栄え、歴史のある都市である。
 
紅河の市に集まるあの人々の群れ、そしてものを売り買いする姿は、交通手段が舟から自転車に変わったくらいで、何時の時代も同じように続けられて来た、ハノイの千年変わらぬ景観なのだろう。
 
中国の永い支配から、近年フランスの植民地化へ。ハノイの都市はそのつど表装を変えてきた。華麗なフランス様式の建築の隣に中国の家並が並んだり、アルファベットの下に漢字が覗かれたり、常に混在した街並の姿を見せるがこの都市の特長だ。しかし人々はそうした背景をあまり気にもかけず、したたかに商売をし、生きて行っているように思えるのだ。
 
ベトナム戦争が終結されてもう30年強になる。今やこの言葉を知らない人も多いように、各世代によってかなり受け止め方が違いだしている。そして多くの国で殆ど忘れられ、死語のような言葉になっているようにさえ思うのだ。
 
私はその言葉のもたらした後遺症を、又悲劇の痕跡を人ではなく、ハノイの街並に、建築の表装に見つけださそうと歩いてみた。それらしきものはつい見いだせなかった。と言うよりも、街の建築を被う色とりどりのサインや看板に、そして建物から溢れだし、壁や歩道にも並べられた多くの商品の山に目を奪われ、気づかなかったのかも知れない。それほど街は活気の中にあり、何よりもそれらの商品を扱う人々の多様な姿や動きに、圧倒されてしまっていたのだ。枝から無数の根を地表に下ろし、歩道に深く茂る熱帯の街路樹の逞しさと、人々の動きを見ながら改めて思った。
 
「巨大な強国アメリカはこの人々に負けたのだ」いやこの人々達に権力は通じなかったのだと‥‥‥。
 
洒落たフランス様式の建築も街並も、中国スタイル町家も、紅河のデルタ地帯から毎日押し寄せるようにやって来るこれらの多様な人々には、さほど重要な問題でなかったのかも知れない。
 
千年の歴史の中で、国の支配者が変わる事などは、ある意味で商売をする場所の持ち主が変わり、その結果街並が模様替えされたくらいの事だったのかも知れないとも思った。それよりデルタを襲う嵐や自然災害、それによってもたらされる村の凶作こそが、彼等に取って死活問題なのであろうと思った。
 
さて上流デルタの彼等集落に入る前に、ハノイの街並と住居に少し触れてみる。多様な人々が群れるハノイの旧市街地は、中国の商家の造りに影境を受けてつくられた/町屋/が下地になって出来ている。
 
その町屋が、フランス植民地時代では一部がフランス様式の建築になるように、時代の要請を過敏に繁栄し表装を変えて行っているにだ。もちろん今日の古い町屋がコンクリート造のペンシルビルにそっくり変わるように一棟全てが変貌することもある。
 
町屋の基本は間口3~5m程、奥行は20~50mと大変奥行の長い住居である。従って奥にのびる時、各々の居室に光や通風を取る為、棟を幾つかに分けて、その間に自然の庭を設ける。
 
道路に接した手前の棟が店鋪棟、中庭を挟み次の棟が主人の部屋と先祖を祭る場、そして中庭を挟み一番奥の棟が家族の生活する棟となる。住居の理想には祖父母、父母、自分、子供、孫までが一緒に暮らす5世同堂の大家族思想が根底にあるらしい。しかし革命以後、今日では町屋の多くは複数家族が暮らす、言わば共同住居のようになって来てる。
 
紅河デルタに浮ぶ都市ハノイ。農民が支え、造り上げた都市であると言う。都市の中がいかに動こうと、変わろうとも、背後に広がるデルタに生きる人々達が居る限り、これからも安心と言うことなのかも知れない。紅河の上流を見たくなった。
 


 

 
 

   

 

 

 


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